江戸打刃物「宗秋」とは

創業は江戸時代後期。

 南部(現在の岩手県)にて刀匠重守に師事した初代が日本刀の作刀技術を習得し、刀匠「宗秋」銘を授ったのが始まりです。

 

大正元年(1912年)、二代宗秋が東京にて開業。

 日本刀のほか包丁・鑿(のみ)・鉋(かんな)など本職の職人が使用する日本の伝統刃物の製作を開始しました。

 

昭和三年(1928年)、現在の葛飾区立石に鍛冶場を移設。

  令和に至る今日、四代宗秋においても初代から受け継いだ鍛造技術を愚直に堅持し、機械を使用することなく先手・横座の手打ちにより刃物を鍛えています。

 

 「宗秋」こと八重樫打刃物製作所が作り上げる製品は、世界遺産である日光社寺修復にかかる刃物のほか、あらゆる分野の職人様にご愛用いただいております。

 

(製作例)

・大阪四天王寺丈六仏製作用鑿

  完成後、同鑿は「忘れ鑿」として仏像内に保管しています。

  (300年後、この仏像を作るための道具を未来の仏師に伝えるため)

・成田山新勝寺大塔不動明王製作用鑿

・世界遺産日光東照宮や輪王寺修復にかかる漆用刃物一式  など

 

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四代宗秋(八重樫潤一)

昭和27年生。

葛飾区伝統工芸士。

幼少の頃より家業を手伝い、工業高専卒業後20歳より現在の仕事に従事。

以来、伝統的な打刃物製造法と秘伝の鉄のりを守り続ける。

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八重樫忠夫

昭和9年生。

葛飾区伝統工芸士。

三代宗秋の弟、昭和24年より三代と共に刃物作りに携わる。